透明感

 人は時に自分が生まれた意味や意義を見出すことが難しくなり、まるで透明な存在かのように感じ、不安や焦りを生みだす。まるで何の価値も自分にはないかの如く。

 

 人が自らの行動を決める時には、3つの要素が関連している。一つに価値観、二つに役割、そして三に思考スタイル。1)意味あるものや大事にしている存在が何であるのかを明確にし、2)親・子供・友人・恋人・営業マンなどの役割の中でどのキャラを選択し、そして前2者の目的とキャラに最適化した3)思考回路で、自らの行動を決めている。そこに一貫性があれば、自らの行動に力強さが生まれるが、もし矛盾していれば、自らの行動の方向性が定まることはなく、常に問題を引き起こしている。

 人は善なる存在であり、可能性や喜びに満ちている、少なくともこの世に生を受けた瞬間には。しかし、その後、成長するにつれ、周りの環境や思惑から矛盾した適応の仕方をコピーし、サバイバルしようとする。本来、人が生まれ持っていた可能性を引き出す「好奇心」を封殺し、「喜び」の伴わない「笑い」が習慣化してしまう。それを創り出した当事者たちは、無自覚にこの世を去った後、子らは自らの可能性を引き出す機会もなく、次の世代に無意識に伝承する。

 これからの社会は、伝統的な生活スタイルが崩れ、自らのスタイルを自らの価値観を「主体的」に決めていく人間にとって心地よい環境になっていく。そしてそのスタイルが一貫していればいるほど、自分にとっての「成果」は大きくなる。

 思考スタイルが行動を創り、行動が生活習慣を創り、生活習慣が人格を創り、人格が人生の質を決める。箱の中からは箱全体の風景は見えない。箱の外から初めて自らの思考スタイルの強みと弱みが見えてくる。もし、自らが透明になったように少しでも感じたなら、「今」の箱から外に出て、自分の思考スタイルや価値観の限界を体感するといいのかもしれない。

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