初めは何でも一人(一匹)から。それが同じことばをくりかえしていくうちに、雪だるまのように仲間がふくれあがる。この絵本もそんな風に進んでいく。「どこへいくの?」「ともだちにあいに」をくりかえし、くりかえし、人(動物)から人(動物)につなげていく。逆サイドの表紙からは同じ調子で、でも英語で「Where are you going?」「To see my friend」とつなげていく。ダンスをしながら、うたをうたいながら、たのしく。そしてついにふたつの思いがであい、英語で日本語でうたい、おどる。
こどもは本来、友達作りの天才。全く見知らぬもの同士でも多分、1時間も同じ空間にいれば、多分「きゃっきゃっ」と昔からの知り合いのように、じゃれあっている。大人が一般的に「名刺交換」から始まり、飲みで知己を深めるのと対照的である。「村」文化の中で育てられている日本人の特性であり、むしろ子供時代の方が、「村」文化からの影響が少ない分だけ、「国際人」に近いのかもしれない。
ガソリンにしても、規制にしても、国際社会で生じた出来事が即座に地域に影響を与える時代となっている。時間をかけて「寺子屋」スタイルで既存の知識・知恵を模倣していたのでは、「修了」した時にはすでにその技能知識は時代遅れとなってしまう。また「行政区分」を飛び越えて人間関係も広がりを持たなければ、自分の船が沈むのをただ待つか、ロビンソンクルーソーのように自給自足の孤島に住むしかない。
時間がすべてである。コミュニケーションスタイルも大きく変容していく必要があるのではないだろうか?やはり、子供が「先生」であるように思う。