Core Value

今の人たちの中に、開発途上国での色々な出来事をとりあげて非難する向きがありますが、たかだか数十年前の日本でも、こうしたことが日常的に行われていたことを、知っておく必要があります。
善悪の基準も、時代によって変わってきます。

“せんりのくつ”
大石 真 (著), 若菜 珪

 食べるのに困った母親によって、山に置き去りにされた子供たち三人は、互いに助け合いながら山小屋に向かうが、そこは鬼の棲む家。同居している「ばあさま」に助けられ、逃げ出す途中で、それを追って来て、鬼から千里を飛ぶことのできる靴をはいたまま、一休みしているところに遭遇してしまう。そして兄弟は勇気を出して、その靴を盗み出し、無事母親の元に帰り、幸せに暮らしました。という所でこの本は終わる。

 最初読んだ時、残酷な物語だなと感じた。どう見ても、命を奪いかねない山への置き去りをしながら、「かあさんは ・・・・まいにち、なきくらしている」。三人が帰った後、「しあわせに くらした」。

 どうも今の尺度では理解できない。しかし児童福祉法が出来たのも、戦後の昭和22年のこと。その前は、子供は時に人身売買の様な形で「モノ」として扱われた側面もある。だから、生活が苦しければ、このような事が起きても不思議はないし、助かる可能性を残して捨てた事はこの時には、情がある行為だったのかもしれない。

 時代背景により、尺度が変わり、同じ行為でもプラスになったり、マイナスになったりする。これからも更に大きく、「常識」の規尺が伸び縮みしていくだろう。しかし少なくとも、先人からの積み重ねの努力によりようやく到達できた「命」への思いがマイナスの方向にならないように強く願いたい。

 

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