迷い

 

1合目には1合目の風景があり、8合目には8合目の風景がある。高くなれば高くなるほど、より全体の風景が手に入り、自分がどのポジョンにいるのかが分かるようになる。だから、登山しているときに道に迷ったときには、下に降りずに上に登れと言われているのであろう。

クライエントの話を聴くときに、常に心がけていることがある。それは、人の生死に関わらない限り、この世の中に共通化した「正しい」答えなど存在しないということである。人が例えば、「~しなければいけない」(必要性)、「~できっこない」(可能性)などの言葉を多用する時に、相手の話を掘り下げてみれば、大抵の場合、「思い込み」の壁にぶち当たる。

聴くときにガイドラインがあるとすれば、要するにどの様な状態になれば、相手にとって心地良いのかという一点であり、それじゃその目的地にたどり着くには、どんなルートがあるのかという疑問である。頂点は一つしかないが、そこにたどり着く登り道は複数あるのが普通である。

箱の中にいれば、箱の中かのら風景は見えても、箱の外からの風景は見えない。半径1メートル内の風景から半径1kmへ、そして10km、更には日本、アジア、世界とその視点を広げれば広げるほど、違う視点が魔法のように見えてくる。また「過去」から「今」、そして「未来」とちょうどタイムトラベラーのように思い描く視点を時間軸に沿って動かすなら、異なった風景が見えてくる。よくありがちな例として、バックミラーをみながら、これから起きることをイメージする人がいる。これは明らかに矛盾であり、まだ実現していない「未来」を、既に実現してしまった「過去」として認識している。

大事なことは、貴女にとってどの様な状況が心地良いのかを感じ取り、そしてそれを実現するためにはどのような道筋があるのかを考え抜く「あり方」である。それが大きな目的であれば、そこにたどり着くまでのステップ数も多くなるであろう。小山に登るときの歩数は、富士山に登るときの歩数は当然、異なる。しかし、ひとつひとつの一歩の幅は大きく変わらない。

人生の終末期において、人が一番、後悔することは「~したこと」ではなく、「~しなかったこと」だと言われる。世の中には正解はない、が、一生つきあうことになる自分自身との「内輪もめ」こそが、その人の顔から輝きを喪失させる最大の要因だろう。貴女も人生の魔法使いになってみませんか。

 

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