自己実現

“ほんが すき! “, D. マクフェイル
 こぐまのエマはあさ、起きるとテレビが見たくなりましたが、どうしてもうつりません。おとうさんやおかあさん、そしてでんきやさんにまで、いいましたが、まだなおりません。おとうさんがふうせんをふくらましたり、おうまさんになったりしても、ごきげんななめ。そこでおかあさんがだっこして、絵本をなんどもよんできかせてあげると、お人形のミリーちゃんによんであげようとお部屋に帰り、夢中でよんであげていました。

 経済ニュース等を聞いていると、よく「移り気な消費者」という言葉をよく聞く。消費者のニーズが多様化して、しかも流動的な為に製品開発者が苦労しているという文脈で使われる事が多い。上述のエマもまさにそう。おとうさんが一生懸命テレビが見られるようにした頃は、知らん顔。ひたすら、絵本読みにいそしんでいる。エマの一連の流れを見ると、「テレビが見られないー駄々をこねるーおとうさんが風船をふくらませ破裂させるーエマ泣くーおとうさんがおうまさんになるーエマ嫌がるーおかあさんが絵本を読むーエマが人形に夢中で読んで聞かせる」となっている。

 こうして見ると、おかあさんの方がエマの「ニーズ」をきちんと受け止め、対処している。でも何故?成長の過程で、「抱えて」人の中心核を創り、「切って」人の形を切っていく。それが当人の成長のニーズにはまると、心地良いものである。これは大人も同じ。誰しも不安を抱えたときは、色んな意味で「抱え」、でもある程度、自信がついて来たときは「切って」、客観的評価をする。この繰り返しで、成長し、喜びを感じる。

 その時々において、多面的な顔を消費者が見せるのは、それだけ今の社会が大きく変化している為、その新しい環境にまず慣れる為の時間と、更にそこから自分なりのスタイルを確立する為の時間を行ったり来たりしているからではないだろうか。両者の時間を過ごす為に必要なアイテムがそれぞれ必要で、それが新商品として流行になったりするのではないのかと思う。しかし、消費者、いや人の根底にある欲求は、自分らしくありたいという「自己実現」欲求であり、表層的な行動パターンが変わっても、そこに変化はないものである。

 

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